緊張していた、でも聞かずにはいられなかった 秋山翔吾との10秒間|カープ道リレーコラム第31回
ライター/辻健治(朝日新聞社)
記者という仕事をしていて、疑問に思ったり気になったりしたことがあれば、すぐに聞くように心がけているつもりだ。
9月30日、カープはマツダスタジアムで阪神タイガースとのナイター。この日がシーズン142試合目で、自力で2位を確定させるためには負けられない状況だった。
二回、この回先頭で秋山翔吾選手が第1打席へ。いつもと違う登場曲がマツダスタジアムに響いた。THE BLUE HEARTS(ザ・ブルーハーツ)の「人にやさしく」。秋山選手が埼玉西武ライオンズ時代に使っていた曲だ。スタンドのファンが合いの手を入れつつ、サビの最後にあわせて「がんばれー!」と大声で叫ぶ。ライオンズの名物と言える応援の一つだった。
※写真はイメージです
カウント2―2、秋山選手はレフト前ヒットを放った。私はその姿を見つつ、「人にやさしく」とリアルタイム検索をした。
カープファンが気付いているのはもちろんだが、しばらくするとライオンズファンも「人にやさしく」を復活したことに反応していた。
カープに移籍後、「封印」していた曲がどうして再び流れたのか。なぜシーズン残り2試合というタイミングだったのか。秋山選手の心境の変化が現れているのかもしれないし、何らかのメッセージがあるのかもしれない。試合後に話を聞こうと私は決めた。
この日、カープは八回に末包昇大選手が決勝ソロホームランを放って接戦を制した。私は末包選手をテーマにスポーツ面のメイン記事を書きつつ、秋山選手に話を聞くタイミングをうかがっていた。
私は緊張していた。シーズンも大詰めだというのに、プレーではなく登場曲について質問するのはどうなのかとも考えたからだ。
しばらくして帰路につく秋山選手が来た。個別に話が聞ける状況。私は単刀直入に「人にやさしくにしたのは?」と問いかけた。
「広輔。俺じゃないっす」
秋山選手はそう答えて去った。やりとりは10秒程度。これまで秋山選手を取材してきて一番短い時間だった。
語気が少しだけ強めに感じた。「やっぱり質問するタイミングじゃなかったか」。私はそう思いながら翌日のデーゲームを迎えた。登場曲は「人にやさしく」だったが、深掘りできないまま時は過ぎた。
想定外だった「いま話します」
クライマックスシリーズ開幕が近づいてきた10月12日。練習を終えた秋山選手から声をかけられた。
「辻さん、いま話します」。登場曲についてだった。
「人にやさしく」になったのは、田中広輔選手や西川龍馬選手が提案したこと。秋山選手本人は打席に立つまで曲が変わるのを知らなかったことなど説明してくれた。
秋山選手はカープへの移籍が決定後、広島へ移動する道中で登場曲を何にするか考えていたという。
チームカラーの「赤」が歌詞に入っている曲を探したり、広島出身のアーティストの曲でフィットするメロディーを選んだり。「人にやさしく」はライオンズで定着した曲だからこそ、新天地には持ち込まないという決意を固めて広島へやってきた。「カープで『ブルーハーツ』はちょっとなと思っていました」
久々に「人にやさしく」を聞きながら立ったあの打席について、秋山選手は「思ったよりスッと入れたなという感覚はありました」と振り返った。
試合後にやりとりした10秒間、強めだった語気の裏には様々な感情があったのだろう。そして、きちんと私の疑問に答える時間をつくってくれた。気遣いができる人だと改めて感じた。
来シーズンもマツダスタジアムで「人にやさしく」が流れるのか。秋山選手は「評判が良ければそうしていこうかなと。ブルーハーツに引っかかるカープファンがいるのであれば、やっぱり使っちゃいけないかなと思いますけど」。
声出し応援の解禁にも触れつつ、「コロナもちょっと落ち着いて、レスポンスとかある曲は球場の雰囲気を盛り上げるかなと少し感じていた」と続けた。
一体感のある声援は選手を勇気づける。でっかい声の「がんばれー!」がマツダスタジアムでも響き渡ればいいなと私は思っている。
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