毎日必死に食らいつきながら、成長を見せる二俣翔一
神宮球場でのナイターゲーム、7番レフトで“二俣翔一”の名前が呼ばれた。今年の4月25日に行われたヤクルト戦でプロ初スタメン出場となった。
試合前のバッティング練習ではヤクルトの先発・高橋奎二の真っ直ぐにどう対応するかとチーム内で喋っていたそうだ。
二俣の第一打席、初球は高めのストレートを見逃してボール。2球目は高めの緩い球を見逃して1ボール1ストライク。そして3球目「頭になかったカーブがきて、体が反応してバットを振り抜いた感じです」。
打った打球はカープファンの待つ真っ赤なレフトスタンドへと吸い込まれていった。
「打った瞬間、ホームランだ!と思ったんですが、ダイヤモンドを一周してるときにまた『うわ、ほんとに入った』って思いながら走っていました(笑)。あとは三塁コーチャーの赤松さんがめっちゃ喜んでくれてて、うぉーい!!ってハイタッチしてくれたのを覚えています」。
高校を卒業してすぐにプロへ。捕手から内野手に転向し、今では外野も守れるユーティリティプレイヤーに。そして育成から支配下契約を勝ち取り一軍デビュー、背番号“99”の著しい成長から目が離せない。
家族と共に夢を追いかける
昨シーズンはウエスタン・リーグで最多の94安打を放ち優秀選手にも選ばれた。1年間コツコツと変化を加えるというよりは、挑戦的に打撃フォームを変えながらも進化していった。適応の早さは元々彼が持っている身体能力とセンスなのだろう。
二俣は小さい頃からよく友達と集まってサッカーをするのが大好きなスポーツ少年だった。そこから野球の道へと進み、超熱血な父親の指導もありながら上達していった。
「家の庭に打撃練習用のネットとかを作ってくれて、いつでも練習ができる環境でした」。
家族に応援されながら念願だったプロ野球選手に。初めは育成選手だったが1年目からずっと言葉にしてきたのは「一軍で活躍する姿を家族に見せたい」だった。
そしてプロ4年目の今年、ついに一軍デビューの日がやってきた。
4月4日にマツダスタジアムで行われたヤクルト戦にて代打でプロ初出場を果たすと、4月19日のジャイアンツ戦では代打で嬉しいプロ初ヒットを放った。
「打てて良かったです。入団してから怪我があったりと色んなスタッフの方達にサポートしていただいたおかげでもあります」とトレーナーさんたちへの感謝も口にした。
プロ初ヒットと初ホームランが生まれた4月、静岡から応援を送る家族にとっても最高の活躍を見ることができた。
母親からは「良かったね。怪我に気をつけてね」とLINEが届き、父親からは「広島に行くときに記念ボール持ってこいよ!あとどっちがどっちかわからんくなるから初ホームランか初ヒットかわかるようにしててくれ」と連絡がきた。
母はどんなときでも体の心配は日常茶飯事だが、喜んでくれているのも伝わってきた。
そして野球の超熱血指導者だった父にとっては大好きな野球で、大好きな息子が活躍する姿を見られてこんなにも幸せな時間はないだろう。
そんな二俣パパには日課がある。
「おはよう」と「お疲れ」の2回息子に毎日LINEすることである。
「毎日ちゃんとLINEが来ますね。安否確認みたいな感じです(笑)」。
このエピソードを聞いたときに私は“おはようからおやすみまでLION”を思い出したが気まずくなるのを避けるためにとすぐに言葉を飲み込んだ。(LION・歯磨き粉や石鹸などの生活用品販売メーカー)
そして7月には二俣家のイベントがある。それは妹の誕生日だ。
「毎年欲しいものを写真で送ってくるのでそれをプレゼントしています(笑)。一昨年はスニーカーで昨年はカバンでした。妹からは誕生日おめでとうのLINEはくれるんですが、まだプレゼントはくれません。いつか楽しみにしています(笑)」。
家族の話をしているときは特に表情が柔らかくなるのが印象的だ。
そして二俣は「少しだけ親孝行できましたが、ここからもっともっと活躍したいです」と語る。
一軍という大舞台に食らいつき、日々成長を見せるその姿に、家族はもちろん、全国のカープファンが楽しみになっている。
二俣が出てきたら球場全体が沸くような熱いプレーを続けてほしい。
ライター・ゴッホ向井