あの日の甲子園を忘れない 平成生まれ初の新人王|カープ道リレーコラム第17回

ライター/ボールボーイ佐竹(カープ芸人)

 

「ありがとうー 疲れた笑」

 

今シーズン初の一軍マウンドに上がった野村祐輔投手に試合後、「お疲れ様!ナイスピッチ!」と僕が送ったLINEの返信に送られてきた「ありがとうー 疲れた笑」という言葉。

野村投手とのLINEのやり取りで、今まで使われたことが無い「疲れた笑」という文字に、相当なプレッシャーを抱えてマウンドに立っていたんだな、というのが想像できました。

チーム最年長34歳の右腕の今季初登板初先発となった6月29日。開始直後は雨が降る難しいコンディションの中での登板となり、球速140kmを超えたのは、なんと1球だけで、凡打の山を築き6回74球で無失点、無四球投球と、球速150kmを超えるピッチャーが多い現代のプロ野球の中で、なんとも野村投手らしい内容の投球でした。

その試合の数日前にラジオで一緒になった、元カープの中田廉さんが言っていた「祐輔さんが、いい投球ができている時は、ゴロアウトよりもフライアウトがよく取れるんです。フライアウトが沢山取れていれば安心してください!」まさにその様な素晴らしい投球となったのです。

 

あの夏の甲子園。

 

プロ野球の裏で、4年ぶりに声出し応援も解禁となり、例年にも増して盛り上がりを見せた夏の甲子園。

決勝は、神奈川の慶応高校が、連覇を目指した宮城の仙台育英高校に8対2で勝って優勝しました。

なんと慶応は大正時代の第2回大会以来、107年ぶりとなる2度目の頂点に輝いたのでした。

夏場の試合で、額に大粒の汗をかきながらプロのマウンドで投げる野村投手を見ると僕はいつも、15年前の甲子園の決勝の事を思い出してしまうんです。

以前、ちょうど時代が令和に変わるタイミングで、野村投手にインタビューさせてもらった時、「平成で起こった一大事はなんですか?」と聞いた事がありました。

そうすると野村投手は笑顔でこう即答してくれました。

野「満塁ホームラン!」
佐「それはもしかして、、、」
野「そう!甲子園の笑」
佐「たまには思い出したりするんですか?」
野「夏になると必ずテレビで流れるので。」
とニヤリと笑いました。

 

2007年8月22日―――

第89回全国高等学校野球選手権大会決勝の佐賀北高等学校戦。

広陵の野村投手は約5万人が見守る灼熱の甲子園のマウンドに立っていました。

8回表を終えて4―0。7回を終えた時点で被安打1で10奪三振。残すアウトはあと6つ。

当時の僕は、第89回大会のキャッチフレーズである「甲子園に、恋をした。」と言わんばかりに、テレビにかじりついて応援をしていました。

その瞬間、テレビの前の僕はもちろん、現地甲子園の大観衆のほとんどの方が広陵の勝利を確信していたのでは無いでしょうか?

実際、その瞬間ショートを守っていた上本選手も勝って優勝できると思ってたみたいです。

 

「人生は敗者復活です。」

それからは、皆さんもご存知の通り、なんと、佐賀北の攻撃は1死から連打と四球で満塁。

押し出し四球で3点差に迫られ、その後、逆転の満塁本塁打を浴びてしまい、あと一歩の所で準優勝に終わってしまいました。

「あのホームランの後から記憶が無いんです」。

試合後そう答えた、あの決勝から15年経って、今では笑って話せる衝撃的な試合も、自分のために良い経験だったと振り返ります。

「あの決勝での一球は、速球ピッチャーじゃない自分の中で、コントロールが無いと勝てるピッチャーになれない」と、気付かされた一球だったと。

今年の甲子園で、史上7校目の夏連覇を逃した仙台育英の須江監督の試合後のインタビューで言ってた「人生は敗者復活です」まさにその通りだと思います。

 

「令和」での目標は日本一になりたい!と答えてくれた野村投手。

平成生まれ初の新人王でカープの最年長投手として、甲子園で成し遂げれなかった日本一にぜひなってください。

 

 

CarpCarpCarp
広島ホームテレビで毎週水曜深夜に放送されている「カープ道」。カープを知らない、興味ない、乗っかりたい人必見のカープ学習番組です。CarpCarpCarpでは、毎週木曜日に番組出演者によるリレーコラムを掲載中です。

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