少年時代の中村奨成が目の前で見た憧れの舞台『天谷さんのサヨナラHRカッコよかったです』

甲子園のスターになり、鳴り物入りでプロ野球界に。広島出身の高校生をドラフト1位で指名するというのはかなり久しぶりのことだった。「中村奨成」今季で6年目の24歳だ。

 

地元広島で夢見て育った

広島で生まれて、広島で育った中村奨成にとって、カープはとても身近な存在だったし、常に憧れだった。小さな頃から野球をやってきた中村少年は、学校でも当時カープ選手だった栗原健太や前田健太の下敷きを使っていた。

地元の強豪・広陵高校に入り、高3最後の夏の甲子園では大会新記録となる1大会6本のホームランを放った。

そこから憧れだったプロ野球の世界に。大好きだったカープに入団し、今度は子供たちに夢を与える立場にかわった。

子供の頃に入っていた地元の少年野球チーム「大野シニア」からは「奨成がカープに入ってから入部する子供たちが増えたよ」と嬉しい知らせが届く。毎年必ず年末年始には顔を出しているのだが、人数が増えたなと感じるのと同時に、野球をする子供が増えたんだなという喜びを感じるという。

 

 

天谷さんとハイタッチした日

少年時代、マツダスタジアムで観戦した試合が今でも記憶に残っている。

家族で行ったカープの応援。砂かぶり席で見た天谷宗一郎の逆転サヨナラホームランだ。

2010年8月27日のジャイアン戦。延長11回までもつれ込んだ試合は、ツーアウトでランナーが2塁1塁、7対6とカープが1点ビハインドという展開だった。一打サヨナラという場面で打席を迎えたのは天谷宗一郎。

1ストライク3ボールから思いっきりバットを振り抜いた。とらえた打球はグングンと伸び、そのままカープファンの待つライトスタンドへ突き刺さった。逆転サヨナラスリーランホームラン、ひと振りでその日の主役に躍り出た。球場全体が大盛り上がり、お立ち台で天谷さんは「プロに入って一番良い感触のホームランでした」と振り返った。解説の安仁屋宗八さんからは「今日球場に足を運んだファンの方は凄い良い試合を見たと思いますね」とコメントを残した。

 

ヒーローインタビューが終わり、砂かぶり席の前を通る天谷さんと中村少年もハイタッチをしてもらった。

「すげー、本物のプロ野球選手だ…って。天谷さんめちゃくちゃカッコよかったです…!!」

実はまだこのときの話を本人には伝えていないらしい。「天谷さんに言ったらきっとめっちゃ喜ぶでしょうね(笑)」と笑いながら当時のヒーローを思い出した。心にはあのとき目の前で見た光景がずっと残っている。

 

 

上本崇司から届いたLINE

今季4月27日のウエスタン・リーグ阪神戦にて、一塁帰塁の際に突然左足首に激痛が走り、グラウンドに倒れ込んだ。

「左前距腓靱帯(きょひじんたい)・踵腓靱帯(しょうひじんたい)の断裂」医者からは、回復までおよそ3ヶ月はかかると診断された。

「完璧に治るのか?」それが一番の不安だったという。そんな怪我の不安と闘う中村奨成の元に、すぐにある人物から1通のLINEが届いた。

「今出来ることをしっかりやっとけよ」。

送り主は、昨年オフに声をかけてくれて、共に自主トレを行なった先輩の上本崇司だった。一軍二軍と居場所は違っても上本は常に気にかけてくれていた。

「崇司さんは同じ広陵高校出身の9個上の先輩で最初は雲の上のような存在でした。今は同じチームでやらせてもらって、すごく尊敬できる先輩でもあるし、今年は自主トレも一緒にやらせてもらって崇司さんの背中を見て学ばせてもらったことが本当に多かったです。優しいだけじゃなくて、言うときはしっかり言ってくれる方なので、今もお手本にさせていただいてる先輩です」。

 

一緒に自主トレ期間を過ごしたことで、より一層上本崇司の凄さに気がついたという。私から見た上本崇司をひと言で言い表すと「謙虚」という言葉が似合う人間だ。

活躍しても一切偉ぶることがなく、周りにとても気を遣う、選手としてだけでなく人としても尊敬している。

広陵高校の野球部には恩師・中井先生の口癖だった「常に謙虚にしなさい」という教えがあった。中村奨成も大事にしている言葉だ。恩返しを込めて、今季は上本に良い知らせを届けたい。

 

痛み、走れない、ボールを使った練習ができない、そしてもちろんバットも振れない。毎日のリハビリはキツかった。ただ、まずは怪我を治さないと始まらない。マイナスから0に戻るため、気合いを入れ直した。

「活躍したい。このまま終わりたくないっていう気持ちだけです。怪我をする直前まで調子が良かったので、なぜ調子が良かったのかも勉強できたし、向き合う時間も増えたので、そこは1つプラスに考えて頑張りました」。

 

完治までおよそ3ヶ月はかかると言われていた怪我も2ヶ月半で状態が良くなり、7月14日の二軍戦から実戦復帰を果たした。翌日の7月15日阪神戦では1番レフトでスタメン出場し、第1打席でいきなり先頭打者ホームランを放ってみせた。

やっとここからまた野球ができる。

 

「とにかく出遅れている分、しっかり取り戻さなければいけない。技術もそうだし、結果も他の人の倍残さないといけないと思っています。そして、やっぱりこのまま二軍暮らしは嫌なので、もう一回気を引き締めて、また1から謙虚に、後半戦チームの為に、力になれるように頑張ります」

 

野球少年だったあの頃の自分のように、目をキラキラと輝かせながらグラウンドを見つめる子ども達がたくさんいる。その子達の目の前で、次は中村奨成がカッコいい一発を放って夢を与えてほしい。

 

取材・ライター/ゴッホ向井ブルー

 

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